“飼う”から“暮らす”へ

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コジ君、だいしゅき♡ でも、あたちの片想いでちゅ(x_x;)シュン
依奈坊、肘が痛い(○゜▽゜○)/ ヨッ!! それと…そのヘアースタイル、もちっと何とかならんのか? byコジ

私たち家族の気持ちは、犬を“飼う”から犬と“暮らす”へと変化していきました。

犬の自信を失くし、自分では何も考えることのない、ただただ飼い主の顔を見て
指示されたことだけしか出来ないことが本当の意味での犬のしあわせではない。

部屋をテリトリーとしてしまうから、人間社会で生きて行く上で匂い嗅ぎは必要ないからと
匂いとりをすることを禁止し、マーキングを禁止する。

人目線でのいたずら(ベッドを破壊したり、座布団や床を掘ったり)をしたからと雑誌を
投げつけたりケージを蹴飛ばしたり。

散歩で人より前を歩いたから、人と違う方に歩いたから、他犬や人の方に行こうと
したからとリードショックで締め上げる。

しあわせそうに匂い取りをし、他犬のかおりを追い、空気中に漂う匂いを堪能する
小次郎を見て、改めて犬としての尊厳を守る暮らし方をしていきたいと思っています。

そして、力でねじ伏せなければ、犬が人を支配しようとするだとか、とんでもない
ことになるなどという支配性理論は、都市伝説でしかなく、人も犬も本当の意味で
しあわせになることが出来ないものだと私は確信しています。

真の愛護、動物福祉の観点から考えても、今まで常識とされてきた理論は余りにも
酷いものであり、またその考え方は人としての在り方にも繋がっているのではない
でしょうか。

私が今、学んでいるチャーリーママさん 
http://charlie1210.blog113.fc2.com/の大好きな言葉です。
「種の違う動物に教える…と言うのはなかなか不遜な考え方かも。
仲良くなる方法を探すほうがお互いに暮らしやすいでしょう。教える、のではなく伝え合う、かな」


この言葉に触れたときに、涙が溢れました。私が求めていたものに巡り合えたと思いました。

もっともっと学んで小次郎と仲良くなりたい、小次郎の心の声を聴きたい(大それたことですが(;´▽`A``)
その為にもまず“名前を呼んでおやつ”…古典的条件づけ http://charlie1210.blog113.fc2.com/ は、私たちと小次郎の暮らしの中でなくてはならないものになりました。

飼い主、勝手に気持ち良さそうだと自己満足しています(⌒▽⌒)アハハ!
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